研究内容
■進化の自然の実験場―小笠原諸島での生物多様性進化の研究
進化の島・ガラパゴス諸島と同じく、小笠原諸島は大陸から隔絶した環境で起きた進化により、固有種からなる独自の生態系が成立しています。この進化のモデル系として、劇的な多様化を遂げた陸産貝類を対象に研究をしています。これらの陸貝で反復適応放散と呼ばれる、同じニッチと形態の多様化の過程を繰り返す進化パターンを推定したほか、種分化過程の解明、種多様性の維持メカニズム、環境適応のプロセス、交雑等が新形質を生じる仕組みなどの研究を進めています。また外来生物の脅威に晒されているこの独自の生態系の価値を維持するための保全研究にも取り組んでいます(Davison & Chiba 2006, 2008; Chiba 2005, 2007, 2010; Wada et al 2013; Chiba & Cowie 2016; Uchida et al 2016; Shinobe et al 2017; Hirano et al 2018; Saito et al 2022; Ito et al 2023)
■巻貝を利用した体の非対称性を支配する遺伝的機構の解明
一般に体の非対称性は外部からはわかりませんが、例外的に外部に左右の非対称性があらわれるのが巻貝の仲間です。種によっては右巻きと左巻きが同じ集団に変異として出現するものがいます。こうした鏡像体多型の遺伝的決定機構を知ることにより、体の非対称性が決まる仕組みの解明につながります。私たちはノッティンガム大学の研究グループと共同でこの研究に取り組み、これまでに淡水性のタケノコモノアラガイを使った研究で、細胞骨格を制御するフォルミンをコードするLdia2遺伝子の変異が、殻の巻き方向の反転に関与することを見出しました。さらにこれとは別の遺伝子が異なる様式で関与する、殻の巻き方向の決定機構の解明を進めています(Davison et al 2016, 2020; Richards et al 2017)
■爬虫・両生類、鳥類を対象とした行動、生態、遺伝学研究
環境や種間関係がヤモリ類の行動に及ぼす進化的効果の解明や、環境適応とその機構、遺伝的分化の研究をしています。ニホンヤモリが中国から人為的に由来し、東に移動しつつ遺伝的な分化を遂げたことを解明しました。鳥類の行動に関係した翼の機能と形態を解明したほか、鳥類が生物の移動に及ぼす影響や、シギやチドリなどの行動、形態、種間関係を研究しています(Wada et al 2012; Chiba M et al 2022; Saito et al 2023; Tatani et al 2023)
■軟体動物の進化とゲノミクス
主に軟体動物を対象にゲノムワイドのSNP解析(Rad-seq)を利用して、種分化を加速する生物・環境要因の解明や、集団の遺伝的構造の分析、遺伝的多様性の形成プロセスの解明を進めています。またゲノム解析から色彩多型や巻き方向、繁殖行動に関わる形質などの遺伝的基盤の研究を行っています(Miura et al 2018, 2020; Yamasaki et al 2022; Hirano et al 2022, 2023; Sano et al 2022; Kagawa et al 2023)。
■繁殖行動における性的対立の進化的効果
雌雄同体の陸貝グループの中には、交尾のさいに恋矢と呼ばれる器官を相手に刺すなど、特異な形質を使うコストとリスクの大きな行動を示すものがいます。雄形質と雌形質の繁殖成功をめぐる軍拡競争的な共進化が、この形質と行動を進化させたという仮説の検証を進めています(Koene & Chiba 2006; Kimura & Chiba 2015; Kimura et al 2016; Shibuya et al 2022)。
■亜社会性昆虫の利他行動の進化
幼虫期を朽木で育つ昆虫の中には、親のみならず集団で子の養育に関わる種がいます。自分以外の子にも餌を供給するなど利他的な行動が認められます。餌供給のレベルに血縁関係が関わる可能性を示すなど、こうした集団での養育の進化機構について研究を行っています(Mori & Chiba 2009)。
■競争について中立な条件での種分化モデル
新しい種の形成や表現型の進化には、個体間の競争に差をもたらす変異が重要であると一般に考えられています。しかし果たしてこうした競争の効果は、新しい性質が進化するうえで必要なものなのでしょうか。数理モデルを用いた解析から、配偶者認識のエラーで生じる繁殖干渉があると、競争に関してほぼ中立な条件でも種分化やニッチ分化が起こりうることを示しました(Konuma & Chiba 2007)。また個体ベースモデルによる計算機シミュレーションにより、こうした中立集団でも種分化が生じ、形成された種多様性の時間的パターンは、適応放散のような競争が駆動する種分化がつくるパターンと区別できないことを示しました(Suzuki & China 2016)
■進化の再現性
同じ系統は同じ条件下なら同一の進化的な結末に至るのかという疑問は、長年にわたり議論されてきました。よく似た特殊化した性質を持つ生物が、異なる時代、異なる地域の系統で独立に出現するとともに、最終的に同じように絶滅する場合があります。数理モデルの解析から、このパターン、つまりジェネラリストからスペシャリストへの一方向的な変化と絶滅確率の増大のサイクルが生じるプロセスを説明しました(Chiba 1998)。しかし計算機シミュレーションによる解析の結果、個体間の複雑な相互作用を想定した場合、条件によって進化は方向性や再現性を示さず、特定の表現型は長い進化史の中で一度しか進化しない可能性を示しました(Nonoyama & Chiba 2019)
■絶滅の生態学
集団や系統の絶滅には、それを引き起こした要因に応じて独自の選択性を示すのか、それとも絶滅し易い普遍的な性質があるのかという問題の研究を行っています。陸貝を対象に行った研究で、要因ごとに絶滅の選択性が異なるため、複合的な要因で絶滅が進むと、群集は攪乱に対してさらに脆弱化することを示しました。またこの研究の過程で、島嶼では人間活動が開始される前から一部の種は攪乱に対し脆弱化しており、人間の入植の初期段階でそうした種の絶滅が起きていたことを推定しました(Chiba et al 2009; Chiba & Roy 2011; Chiba 2023)。
■ゲノミクスやAIなど新技術による外来生物防除研究
外来種防除の手段は従来、薬剤散布や生物的防除、手作業での駆除やモニタリング活動が主で、コストや環境負荷の面で限界がある場合が多く、防除事業を進める大きな障害になっています。この問題の解決のため、小笠原や琉球列島で影響が問題化している外来ウズムシ類や肉食性陸貝に対し、RNA干渉を利用した防除技術の開発を進めています。さらに遺伝子ドライブによる防除の実現を目指して、ゲノム解析によりこれらの種の生理機能の遺伝的基盤の研究を進めています。また外来種の進入状況のモニタリング活動のコスト軽減と効率化のため、AIとドローンによる空撮を併用した外来種の自動モニタリングシステムを開発しました(Aota et al 2021)。
■東北アジア地域の自然・人文社会総合研究
遺伝学、生態学による進化研究を、文化人類学、自然人類学、歴史学、社会学、哲学などの研究者の協力を得て融合研究に発展させ、日本、中国、韓国、極東ロシアに至る地域をモデルとした新しい地域研究の確立を試みています。ゲノム科学と古文書史料を駆使し、人間社会の歴史が遺伝的変異としてヤモリのゲノム中に古文書のように残されていることを推定したほか、日本と中国の食文化の違いがタニシ集団の遺伝的構造に影響したことを示しました(Ye et al 2020; Chiba M et al 2023)。
◆以上の研究の大半は、研究室所属の大学院生が主体となって実施してきたものです。また他の機関・研究者との共同研究を含みます。